Monthly Archives: November 2018

冬に観たいおすすめの映画11選

冬といえば、幻想的な描写や心あたたまる人間ドラマなど、ステキな映画がたくさんありますよね。部屋を暖かくして、温かい飲み物も用意して準備はOK。寒くなってきた頃になると観たくなるおすすめ映画を11作品、取り上げてみました。

 

ナイトメアー・ビフォア・クリスマス

監督:ヘンリー・セリック

ジャック・スケリントン役:クリス・サランドン(歌:ダニー・エルフマン)

サリー役:キャサリン・オハラ

ハロウィン・タウンの住人たちが繰り広げる、ちょっとおかしな「クリスマス」の物語。怖がらせることが大好きな住人たちは初めて聞く「クリスマス」を理解せずに準備をしてしまい、とんでもないことになっていきます。1コマ1コマ作り上げられた繊細な描写が魅力的です。

 

ホーム・アローン

監督:クリス・コロンバス

マコーレー・カルキン、ジョー・ペシ

すっかり冬の定番となった作品。末っ子の8歳になるケビンが、クリスマスの夜にうっかり家族に置き去りにされてしまいます。留守番中に泥棒が侵入を試みたところ、頭のいいケビンによる手作りトラップが待っていて…。

 

クール・ランニング

監督:ジョン・タートルトーブ

レオン、ダグ・E・ダグ

実話を基につくられた作品です。常夏の国ジャマイカの仲間たちが、冬の競技であるボブスレーに参加するまでを描いたコミカルなストーリー。雪と無縁の国に住む主人公たちの真剣な姿がなんだかおかしくて、思わずクスッと笑ってしまいます。

 

シャイニング

監督:スタンリー・キューブリック

ジャック・ニコルソン、シェリー・デュヴァル

冬のホラーの定番といえば「シャイニング」ではないでしょうか。ジャック・ニコルソンの狂気に満ちた演技、次々と巻き起こる出来事に、心臓のバクバクと緊張感で息をするのも忘れてしまいます。

 

八月のクリスマス

監督:ホ・ジノ

ハン・ソッキュ、シム・ウナ

不治の病におかされた青年と少女の、はかないラブストーリー。青年の営む小さな写真館に訪れた女性との恋愛と、終わりゆく命というテーマを丁寧に描いた作品です。

 

シザーハンズ

監督:ティム・バートン

ジョニー・デップ、ウィノナ・ライダー

ジョニー・デップ演じる両手がハサミの穢れを知らない人造人間エドワードと、少女と家族、近所の人たちの、心あたたまる物語。人はよく、相手を見かけで判断してしまいます。それがいかに愚かなことかを、エドワードは自分の行いを通して静かに教えてくれます。

 

アナと雪の女王

監督:クリス・バック

クリスティン・ベル、イディナ・メンゼル

アニメーション映画からはこちらをピックアップ。大ヒットとなった挿入歌「Let it go」が、今年の冬もどこからともなく聞こえてきそうですね。エルサとアナ、姉妹の絆を描いたファンタジー映画です。

 

ハリー・ポッターと賢者の石

監督:クリス・コロンバス

ダニエル・ラドクリフ、エマ・ワトソン

冬のユニバーサル・スタジオ・ジャパンに遊びに行くなら、ぜひ予習しておきたいハリー・ポッターシリーズ。まだ幼さの残るダニエル・ラドクリフやエマ・ワトソンがとにかくかわいくて、ハラハラドキドキのストーリーながら、ほっこり癒されます。

 

チャーリーとチョコレート工場

監督:ティム・バートン

ジョニー・デップ、フレディ・ハイモア

不思議なチョコレート工場への招待状を手に入れた子どもたちと、言うことがちょっとズレている工場の主、ウォンカが繰り広げるミュージカル仕立てのファンタジー映画です。ウンパ・ルンパを一度観てしまうともう、頭から離れません。

 

ホリデイ

監督:ナンシー・マイヤーズ

キャメロン・ディアス、ケイト・ウィンスレット

恋にやぶれた女性2人が、お互いの家を交換するというちょっと変わった設定が新鮮なロマンティックストーリー。交換相手の周囲を取り巻く人々との交流で新しい自分と出会う、大人味の物語です。

 

ラブ・アクチュアリー

監督:リチャード・カーティス

ヒュー・グラント、エマ・トンプソン

それぞれの人生を生きているはずの人々の運命が、クリスマスが近づくにつれ、次第につながっていくロマンティックストーリー。コメディの要素も織り交ぜられているので、気軽に楽しむことができる映画です。

 

一人でほっこりと映画タイムを堪能するのはもちろん、カップルや家族でも一緒に楽しめる映画もセレクトしてみました。寒い季節だから観たい、笑いあり涙ありのストーリーを、暖かい場所でのんびりと鑑賞してください。

映画『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』レビュー

斬新なタイトルが印象的なこの映画は、ニートがブラック企業に就職してからの半年間をインターネット掲示板をとおして振り返る物語です。

≪現代風の描写≫

インターネットの掲示板に書き込まれた同タイトルのスレッドを立てた主人公の話です。主人公であるマ男が入社からの半年間を掲示板の書き込みに沿って振り返るかたちで物語が進行していきます。現代ならではの描き方ですが、とても大げさなテロップや描写によって、掲示板自体に詳しくなくても物語の内容は理解できるように工夫されています。

プログラマーという主人公の職業から「デスマ」などの専門用語が出てきますが、詳しくない人でも理解できるようなシーンのたとえもあり、意味が映像でイメージしやすかったです。

現代風の専門職という設定で進むストーリーながら、疑問を残したまま進んでしまうことがなく、世代が違っても観られる作品だと感じました。

 

≪強烈な個性のキャラクター≫

登場するキャラクターは、そんなヤツいないだろう!と突っ込みを入れたくなるような人物ばかりですが、誇張して表現されてはいるものの、実際にブラック企業にはいるんですよね、こういう強烈なキャラクターの人々が。独裁者のような人、相手でコロコロとカメレオンのように態度を変える人、常識の皮をかぶった非常識人…。

そんないないようで実際にはいる現実的なキャラクターたちにより、強く共感できるシーンも多いです。元ニートだったとはいえ就職してからは仕事に対してマジメな主人公に自分を重ねる人も多いのではないでしょうか。

残念なのは、このストーリーの中で唯一の救いである藤田さんが、現実にはいないことです。私の場合はこの映画を鑑賞しながら、藤田さんのような人がいたら自分も頑張れていたのかな、いや、やっぱりそこまで頑張る必要あったのかな、などと過去の自分との葛藤がありました。みなさんも観る人それぞれの立場から思うことがいろいろあるのではないでしょうか。

 

≪ブラック会社あるある≫

残業が当たり前なのは今ではどこの会社も同じかもしれませんが(と思っている私が麻痺している?)、とある雑誌を目にしたことで主人公は早くも入社初日に、自分はブラック会社に就職してしまったと気づきます。

そして主人公は、厄介な先輩や上司に立ち向かうように仕事をバリバリとこなし、2週間でリーダーに昇格します。これがブラック企業あるあるだと感じてしまったのですが、もちろんこの映画の場合、タイトなスケジュールをこなして納期に間に合わせたという、彼の成果を評価してのことだと思います。ですが、ブラック企業は割とすぐに昇格という階段をのぼることが出来るというイメージがあります。簡単にリーダーなどのまとめ役に昇格して自分の実力が認められたように感じるのですが、次に待っているのは理不尽な責任の押し付け合いだったりしませんか。

そんなリアルなブラック企業の現状もしっかりと描かれていて、思わずため息が出てしまいました。

 

≪危険を感じる結末≫

タイトルを見たとき思ったのは、この映画の結末はどんなだろうということでした。昔も今も、社会人の多くが抱えているブラック企業問題を描いた作品。一体どんなメッセージが込められているのだろう、という期待のなか鑑賞しました。私の感想は「ダメでしょ」でした。ブラック会社に就職し、理不尽な扱いを受けながらも立ち向かう主人公。その姿には共感を覚えました。けれど、最後の「これが生きてくってことなんだ」には正直ガッカリしてしまいました。ブラック会社の問題が何一つ解消されていないどころか、そこにただ勤め続けるという選択をした主人公。彼は変わりたいと感じていました。主人公が葛藤したのは過去にニートだった自分との決別でした。それはいいのですが、なぜニートの自分と決別して、ブラックな会社に勤めるという選択しかなかったのだろう?という疑問が残りました。

あとがない、という主人公はおそらくまだ20代。これが30代であったとしても、選択肢はまだまだあったのではないのか、と思わずにはいられません。

この映画は2009年の作品なので、今ならもっと違ったストーリーになっていたのかもしれません。当時はまだブラック企業という言葉が浸透して数年くらいしか経っていなかったのではないでしょうか。勤め先がブラック企業だったとしても、ニートよりはいい、という考え方だったのかもしれません。

社会人として生きる道は、ブラック企業に勤めることだけではないはずです。心身ともに疲弊し、本来の自分を見失う恐れのあるブラック企業というものを、社会そのものだと思ってしまうことの恐ろしさを感じた作品でした。

映画『最強のふたり』(吹き替え版)レビュー

2011年のフランス映画で、実話に基づいて描かれた作品です。頚椎を損傷し、頭以外が麻痺した富豪と、その介護をすることになった貧困層の青年との物語。富豪フィリップをフランソワ・クリュゼが、介護人ドリスをオマール・シーが演じています。

 

鑑賞のきっかけ

この作品が当時かなり話題になっていたことは知っていましたが、少し難しそうだな、という勝手な思い込みからなかなか観ようという気になりませんでした。テレビでの放映をきっかけに吹き替え版を鑑賞したら、コミカルに描かれた二人の友情に笑いが止まりませんでした。思い込みってもったいないですね。この映画を観られてよかったです。次は字幕版を観て、表現の違いを感じてみたいです。

 

ふたりの出会い

ドリスはフィリップと出会い、その姿を見て「厄介だな」とひとこと。障害者ということへの妙な遠慮や配慮という言葉は彼には無縁でした。なんだか、サインひとつもちょっとやりにくそうだね、というくらいの感覚で障害を捉えるドリスがとてもいい味を出しています。フィリップはそんな遠慮なしにくるドリスを気に入ります。フィリップにとって障害への気遣いなどは不要なものでした。ひとりの人間として接するという、当たり前のように思えることがなかなか出来ていなかったりするものだな、と考えさせられます。けれど終始、物語のタッチは軽やかで、バックミュージックにはクラシックが流れていたり高そうな絵画が飾られていたり、たとえ高級な家具のそろった部屋が登場していても、ドリスが片っ端からその緊張感を解いてくれるという感じでとても観やすかったです。たくさん笑ってしまいました。

 

人と人

慣れない介護に戸惑いながらも、ちょっと雑な世話をドリスなりに一生懸命こなしていきます。フィリップが口に棒を加えてページをめくりながらの読書中、携帯が鳴ると「はい」と手渡すドリス。自分がボタンを押して携帯を耳にあてるのだということに気が付かず、ごめんごめん、フィリップが読書用の棒をくわえたままで話せないことにも気づかず、ごめんごめん、といった調子です。そんなドリスの姿をフィリップはうれしく思っていました。障害者という見方をしていないからこその言動に、ときに迷惑がりながら一緒に笑い転げる関係がだんだんと築き上げられていたのです。そのあたたかみのあるエピソードにほっこりさせられます。

 

深まる絆

作中では短期間で彼らの関係が一旦終わりを迎えます。しかし、元となった実話では10年間にわたりパートナーとして生活をしていたそうなので、その友情と絆はとても深いものだったことが分かります。

ある日フィリップが薬の効かない発作を起こし、息をしたいとドリスに頼みます。真夜中にも関わらずドリスはフィリップに毛布をかけて外へと連れ出し、一緒にパリの風に当たりながら、街を歩きました。そのうちフィリップの発作もおさまり、落ち着きを取り戻したのでした。この「息をしたい」というワードが何シーンかに出てきます。字幕版でどういう表現をされているのか気になるところです。フィリップが想い人と初めて会うというときも、障害者であることを知られる恐怖からお酒をあおり、待ち合わせ時間直後になってドリスに電話をして「息をしたい」と懇願します。ドリスは詳しいことは聞かずに彼をその場から連れ出すのでした。

 

言葉のいらない関係

二人がドリスの家庭の事情から別れを決断してしばらくしたとき、フィリップは再び発作に襲われるようになります。気難しいフィリップに担当はコロコロと変わり、彼自身も不安定な状態になっていました。呼び戻されたドリスは変わり果てた彼の姿を見て、彼に「息」をさせるため、パトカーに追われながらも海が見渡せる場所へと連れて行きます。本当のフィリップの気持ちを察することができるのはドリスでした。海を目の前にしたフィリップは生きることを思い出したように、目に涙を浮かべました。

事情を説明しなくても、息苦しさから解き放つ方法が分かるフィリップとドリスの関係は、介護人と障害者という枠をとっくに越えていました。これこそが絆なんだなと感じさせられるシーンが「呼吸」というキーワードで表現されていて、こちらもそのたびに深く深呼吸したくなるような気持ちになります。

 

友情をも越えた深い絆を、終始重くなりすぎない軽やかなタッチで丁寧に描かれている作品でした。モデルとなったふたりの関係は今も続いていると締めくくられています。